第12回 山田久扇子さん
レストランのためのワインをコーディネートしたり、ワインジャーナリストとしての活動をしながら、ピアニストでもある山田久扇子さん。この2月27日の総会において社団法人ソムリエ協会の理事に就任し、さらにその活躍の範囲を広げられた山田さんに、ワインとの出会い、ピアニストとしての仕事とワインの仕事、ワインと共にある人生について、お話をうかがいました。
5月の新緑の中を、きらきら輝くロングヘアーで颯爽と現れた山田さん。学生時代は武蔵野音楽大学でピアノを専攻し、今でも幾人かのお弟子さんにピアノを教え、二年に一度ご自分のリサイタルを開いています。舞台上ではコンサートドレス姿がきっと鮮やかなことでしょう。
現在、レストランのためのワインコーディネートをはじめ、ワインレクチャー、ワインに関する執筆など、ワイン関連の仕事を積極的にされている山田さん。彼女がワインの仕事をするようになったのは、ご実家が酒問屋であったこともありますが、「ワインアドバイザーであり、ピアニストである山田久扇子さん」に至るまでには二度の転機があったそうです。
山田さんは幼い頃よりピアノの先生になる夢を持っていました。2歳7ヶ月の時、先にピアノを習っていたお姉さんを迎えに行くお母さまについていくうちに、ご自分から「ピアノを習いたい」と言い出し、そのとき芽生えた情熱はついにピアノの先生になる夢をかなえたのです。
中学生の頃から音楽大学でピアノを学ぶことを決心し、晴れて合格。しかしその後、最初の壁にぶつかります。これまでは学校行事ではいつもみんなの中から選ばれて壇上でピアノを弾き、常に周囲から注目されていました。しかし音楽大学に通うようになると、学内のオーディションや演奏会などには上手な学生が大勢いたのです。山田さんは初めて挫折を感じたそうで、ピアノへの情熱が冷めてしまいそうになった時期があったとか。それでも4年間、音大生としてピアノを学び、楽しく学生時代を過ごされたというのですから、山田さんの情熱は冷め切ってはいなかったのでしょう。
卒業後、山田さんはご実家には戻らず、ご自分の力で東京での生活を続けることを決心します。しかしピアノの先生としてだけでは生徒さんの数が一定せず、都会暮らしの生計は成り立ちませんでした。そこで、ある広告代理店に社長秘書として就職します。ところが、これまで音楽一筋だった山田さんはコピーの用紙サイズやFAX送信などの経験さえなく、事務職には全く不慣れでした。
「これまでの音楽をすべてやめてOLとして一からやり直すべきか。もう一度自分の音楽の道を歩いてみるか」
ここで山田さんは大きな決心をします。「バッハの平均律48曲をすべてマスターしよう。それができたら音楽を続けよう」
バッハの平均律48曲は、音楽大学時代、たいていの生徒はレッスンで何曲かはマスターするそうですが、この大曲をすべて弾くことができるのはまれだとか。
会社に勤務をしながら48曲をマスターした山田さんは、再び自信を持って音楽と関わっていくことになります。「ピアノで生きていけない場合」を仮定し、色々なことに挑戦してみた20代の転機でした。
ワインの仕事を始めるようになった第二の転機は、生涯忘れる事の出来ない魅惑のワインに出会った20代後半の頃です。
音楽はもちろん、お料理やお花などクリエイティブなことに興味があった山田さんは、レストランに通ってお店の雰囲気や食事を楽しんでいました。そのころよく通っていたイタリアレストラン“Ristorante Manin”でイタリア・ピエモンテ地方の銘醸ワイン、バローロに出会います。ワインの王であり、「王のためのワイン」と呼ばれているワインです。バローロの魅力に、「このワインの素性を知りたい」と強く惹かれた山田さんは、イタリアのワインを特に好んで飲むようになりました。当時“Ristorante Manin ”のソムリエだった荒井基之氏(現在Vini di Arai ヴィーニ・デ・アライのオーナー)に、「山田さんは、一次試験さえ受かれば二次試験の利き酒は絶対合格する!」と励まされ、ソムリエ認定試験へチャレンジすることになったのです。
音楽大学でピアノを学んでいた時でさえこれほど暗記したことはないと思うくらい、家中のありとあらゆるところにワイン産地の地図を貼ったり、トレーシングペーパーで地図をトレースしたりしながら、ワインに関すること、地理や歴史、ぶどうやお料理など、ソムリエ認定試験に必要なための勉強をしました。
そして1993年にソムリエ認定試験に見事合格。ワインコーディネーターとしての道が開かれたのです。
実家が酒問屋だったこともあり、取得した資格とこれまでの知識や経験を生かし、和食や中華のお店にワインを紹介したり、女性誌などでワインに関する執筆活動を始めました。
特にイタリアワインには造詣の深い山田さんですが、音楽を通じてイタリアの文化に馴染み深かったことからイタリアワインへの関心が高まった、というのが始まりです。イタリアのピエモンテ地方のアルバを訪れたのがきっかけでワインに関わる仕事をしていく中、出会ったイタリアワインの醸造家を訪ねたり招かれたりしているうちに、気がつくとイタリア全州を訪れていました。
ワインの世界の小さな扉を開いていくうちにいくつもの扉を開いていて、気がついたら大きなワインの世界に入り込んでいたのです。
「今は、音楽とワインは切り離せないものと信じています。ワインの魅力は、色々なお酒の中でもとりわけ優雅であることです。イタリアでは日々の食卓にワインは欠かせないものになっています。それは音楽も同じ。その点で何か自分の今の仕事に運命的なものを感じます」と山田さん。
「ワインと共にある人生」について尋ねました。
「色々なシチュエーションで、それぞれの場での楽しみ方が出来るのがワインだと思います。色々な品種があり、色々なタイプのワインがあるのですから。太陽が降り注ぐ郊外での楽しみ方。レストランの素敵なムードの中での楽しみ方。洋食以外にも和食や中華とともにいただく楽しみ方。食事とワインの楽しみ方を知るのと知らないのでは、特にワインがお好きな方でしたら天と地ぐらい違うと思います」とのこと。
「飲みすぎてしまって会話のムードを壊すことや、健康を害することは避けてほしいです。でも、毎日適量のワインは健康に良いという報告が出ているのですから、ワインを飲める方には良いものです。これから先もずっと付き合っていきたいですね」。
マナーを守って、健康的にワインを楽しんでいきたいと私も同感しました。
山田さんに、女性がワインを楽しむときのマナーについてお尋ねしました。
「女性はワイングラスに口紅が付いてしまうので、ワインをいただく時には薄い色の口紅にします。また、グラスの飲み口は一箇所に決めておきます。グラスの底にブランドマークがありますので、そのマークが常に自分の方向に向くようにグラスを置けば、飲み口を一箇所に定めやすいです」
なるほど、口紅の色まで考えるとはさすがです。
レストランやバーでのワインの選び方についても素敵なヒントをいただきました。
「ワインの仕事をしていると、ご一緒にワインをいただく方々が頑なになってしまわれることがあります。私に一方的にワインリストを押し付ける方、逆にワインリストを取り上げてすべて決めてしまう方がいることもあり、一緒にワインを楽しむことは難しいなと思うことがあります。どちらか一方がワインを選ぶのではなく、例えば『最初のシャンパーニュは私にまかせてください。その後は君にまかせます』と言っていただくと、ワインを選ぶところから共に楽しめると思います」。
山田さんとグラスを交わす方々は、幸せなワインを楽しくいただけるのでしょうね。
ワインの仕事とピアニストの仕事を両立させていらっしゃる、そして素敵な女性として憧れの生き方をされている山田さんですが、これまでの道のりは順風満帆ばかりではなかったそうです。「ワインは、なにしろ覚えるのが難しいです。また値段が高いワインもありますから、経済的な面も含め、色々な場面でハードルがあります。女性は特に『ワインについて知ったかぶりする人は気に食わない』と言われるなど、なんらかの障害があります。でも、そのハードルをひとつ越えると、また違う世界が広がります。イタリアワインをあまりにも追求し、他の国のワインを飲むと具合が悪くなるなど、自分を追い込んだ時期もあります。今は違う国の人の話を色々聞くうちに違う世界も開けてきて、色々なワインとお付き合いしています。楽しいこともあればいやなこともありましたが、一つ一つハードルを越えて次の扉を開いていくことで、新たな世界、新たな自分を発見します。
ワインは自分に取り込めるファクターが多いと思います。農業、気候、地形、歴史など、沢山のファクターはどれ一つとっても面白いです。旅行が好きでワインに興味がある方には、ワイナリーと観光地が一緒になっているところを訪問する旅は、何倍も楽しいものになるでしょう。投資としての位置づけを調べていくのも面白いでしょうね。日本ではまだ免許の関係上なかなか難しいと思いますが、アメリカやイギリスではすでに投資の対象になっています。私の周りでは、ワインがきっかけで結婚されるカップルもいます。ワインを通じて色々なことが人生につながっていくのです。最初に開いたワインの世界の扉は小さくても、その先に広がる道のりには隠れた扉もあれば、なにか人生の転機となる扉もあります。ワインに興味を持たれたのであれば、とにかく興味を持続させて、人生の迷路の扉を開いていってほしいですね」。
山田さんもそうやって、これまで色々なハードルを越えて、人生の迷路の扉を開いていらしたのでしょうね。
「ずっと追いかけて、いつまでもつかまえられないワインの世界。私はワインへの趣味が仕事に展開しましたが、仕事を超えてこれからもずっと付き合っていきたいと思っています。ワインの仕事としても成功させていかなくてはいけないですし、自分もワインの勉強や仕事に対しさらに努力を続けていかなくてはいけません。とにかく健康で、豊かな気持ちでワインのある人生を過ごしていきたいです。自分が年を重ねた時にどんなワインを飲んでいるかしらと考えると、これからの人生も楽しみでしょう」
と、ワインのある人生について情熱的に語る山田さんから、私自身も勇気を持って人生の迷路を進み続けなくてはと、励まされたようです
プロフィール |
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山田久扇子(やまだ くみこ) 静岡県出身。 |
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