第10回 石井幹子さん
日本のみならず世界各地で照明デザイナーとしてご活躍の石井幹子さんに、ワインにまつわるお話し、そして光とワインについてお話を伺いました。
ワインがお好きで、20代の頃からワインとの付き合いが長い石井さん。
「ワインは不思議ですね。ワインテースティング会に出かけると、必ず同じテーブルの方々と仲良くなります。ワインを囲む間にうちとけ、次にお目にかかったときは、前からずっと知っていたような仲になれます」ワインが、“輪(わ)”して“飲む”、“輪飲(わいん)”と言われるゆえんでしょうか。
「一人でチビチビといただくお酒もありますが、ワインだけはそうではなく、何人かと楽しく飲むお酒だと思います。ワインは話題をどんどん作ってくれますしね」
2005年、名誉ソムリエに就任された石井さん。就任の喜びをみんなで分かち合いたいと、千駄ヶ谷の石井さんの事務所に所員全員を集めて、ワインパーティを催されました。
石井さん自ら、集まった15人のために15本のワインを用意し、くじ引きで一人がサービスを担当するワインを一本決め、軽い白から重い白へ、次に軽い赤から重い赤へ、みんなで少しずつ楽しみました。参加者全員のために石井さんがセレクトしたイタリア、フランス、ドイツのワインが15本ずらりと並べられた姿は、きっと圧巻だったことでしょう。サービスを担当した人がそのワインの感想を述べ、飲みきれなかったワインはそのワイン担当者が持って帰っていいという企画。会場にはヨーロッパの地図を貼り、このワインの産地はここ、あのワインはこちらの産地と言いながら、イタリア、フランス、ドイツワインの違いや好き嫌いなどを、ワイングラス片手に語り合う楽しい会になったそうです。
参加者からは「ワインとは国によってこんなにも違うのですか。また是非このような会をしてください」と大好評だったとか。ワインからそれぞれの文化に触れる機会を持つことができる素敵な会だと思いました。
初めてのワイン
1960年代、照明デザインの勉強のためにフィンランドに滞在中、初めてワインが美味しいと思ったという石井さん。その頃の日本といえば、赤玉ポートワインくらいしかなく、ワイン売り場も少なかった時代です。クリスマスの時、ディナーでいただいたドイツのフランケンワインがありました。フィンランドでは、ドイツのフランケンワインを“スプリングウォーター(春の水)”と呼んでいるのだとか。フィンランドの冬は寒くて暗く、石井さんの滞在していたヘルシンキでは、みんな春の到来を心待ちにしており、“スプリングウォーター”と呼ばれるフランケンを飲むことで、一足早く春の水をいただけて嬉しかったそうです。
フィンランドでは通常、アペリティフ代わりにワインを、その後はシュナップス(アルコール度数の強い蒸留酒)をいただくそうです。石井さんにとってシュナップスは「少々強すぎました」とのこと。
フィンランド滞在の翌年、ドイツに移った石井さん。ドイツでのワインの飲み方は、フィンランドの人々の楽しみ方とまた違っていました。ドイツでは、お昼にあたたかい食事をしっかり取る代わりに、夜はハムやチーズなどの冷たいお料理と黒パンで夕食を簡単に済ませ、それからワインを開けるのだとか。
その後フランスに行く機会が多くなる石井さん。長女の石井リーサ明理さんは、現在フランスで照明デザイナーとしてご活躍中で、石井さんがお仕事でヨーロッパに行く時は、パリのリーサさんの所に寄り、荷物を置いてから出かけられることがほとんどだとか。
リーサさんには「空港に迎えに来なくていいから、いいワインと美味しいものを用意しておいてね、できればシャンパンもお願いね」と言っていらっしゃるそうで、すてきな母と娘のひとときを想像しました。パリには美味しいチーズやパテが沢山売られています。それを買ったり、またリーサさんがお料理を作ることもあり、美味しいものを囲み、親子でシャンパーニュで乾杯し、次に白を開けてと、パリでの時間を楽しんでいらっしゃるそうです。
ワインとの思い出
フランスのボルドー地方にあるシャトー・ラグランジェに行かれた石井さん。古く荒れていたシャトーを1985年にサントリーが購入し、今ではピカピカなステンレスタンクなど設備が整い、立派なシャトーになりました。「シャトーに入っていくと、なんとも言えない醸造香が漂っていて、これがワインの香りだなぁと思いました。シャトーの前の池には白鳥がいて、静寂で本当に美しいお城でした。お食事では何本もワインをいただきました」と石井さん。ボルドーというと赤ワインが有名ですが、軽やかで複雑味があり、丁寧につくられた白ワインもお好きだそうです。
石井さんはフランスのアルザス地方を何度も訪問していらっしゃいます。80年代後半、ドイツのバーデンバーデンに友人を訪ねた時のこと。「食事に行こう」と、気軽に国境を越えてフランスへ食事に行くことがよくあり、アルザスまで食事に出かけたときに、アルザスワインを楽しまれました。その時の感想は「アルザスワインはドイツワインを洗練したような感じ。お食事と合うな」というもの。アルザスでは、ワインヴィラージュを訪ねた楽しい思い出が多いのだそうです。
ヨーロッパには、田舎でもワインと食事を楽しむことができる素晴らしいレストランが沢山ありますが、日本には、美味しい食事が出来ても、それに合うワインを置いてあるところがまだまだ少ないかもしれません。石井さんにワインの思い出をうかがい、いつの間にか私も会話にすっかり引き込まれ、日本料理にはどんなワインが合うのかしら、アルザスワインが合うのではないか、お醤油には赤ワインが合うのではないかなどと、ワインとお料理のマリアージュ談義が弾みました。
普段のワイン
20年ほど前、知人に勧められて購入した90本入りのスイス製のワインセラーには常にワインが入っているという石井さん。それとは別に12本入りのセラーもお持ちで、そちらにはディリーワインを入れ替えて使っていらっしゃいます。
多忙な石井さんの楽しみは、お仕事を終えた帰宅後に、白ワインをグラス2杯ほどいただくこと。イタリアやフランスの白ワインがお好きです。
ご主人はドイツのフランケンワインがお好みだそうです。ご自宅にお客様がいらっしゃると、フランケン独特のボックスボイテルと呼ばれる丸みを帯びた平たい形のボトルが珍しいこともあり、フランケンワインが開けられることが多いそうです。
「フランスワインだとお料理が大変だけれど、ドイツワインだとお料理は簡単でいいので、助かります」と石井さん。
普段、ご主人はビールとウィスキーを楽しまれることが多いのですが、リーサさんが帰国の際は、石井さんとリーサさんは二人でシャンパーニュを楽しまれます。
「フランスでは『いい白ワインを飲めば、ほっそりする』と言います。また、『いいワインを飲めば、二日酔いでも頭が痛くならない』と言います」と石井さん。
ドイツでは辛口ワインの残糖分が4~9g/リットルという定義になっています。赤ワインは白ワインに比べて渋いので、やや甘口のワインになると、実は白ワインより糖分が多いこともあります。それで白ワインを飲むと、ほっそりすると言われるのでしょうか。甘さを感じても、残糖分が5g/リットルの場合もあるので、一概に残糖分によるものとは言えないかもしれません。白ワインといっしょにいただくお料理は、赤ワインに比べて脂分が少ないレシピが多いからかもしれませんね。
それから、頭が痛くなるのは酸化防止剤が原因の一つともいわれています。
ワインは瓶詰めの際、ほとんどのものに酸化防止剤が添加されます。酸化防止剤は熟成とともに少なくなって消えていくそうですが、若いワインは酸化防止剤が消えきっていないため、どうしても頭が痛くなることがあるかもしれません。いいワインで熟成したワインを飲めば頭が痛くならないのかもしれません。あとは熟睡することでしょうか。
「シャンパーニュ地方では『シャンパーニュは長寿のもと』と言われています。シャンパーニュのオーナーの方々は、ほとんど皆、毎日ドゥミ・ブティユ(ハーフサイズボトル)を飲んでいらっしゃるそうです。特に高齢になってくるとある程度の糖分が脳に必要で、シャンパーニュには必要な糖分が含まれているからではないでしょうか」と石井さんは教えてくれました。
私もシャンパーニュは一番好きなので、うれしいお話しでした。
リキュールの楽しみ
食後のリキュールをもっといろいろ紹介してほしいというのが石井さんの希望です。田崎真也氏がソムリエコンクールで世界 一になった時、コンクールのテースティングで最後に出たアイテムは、フィンランドのリキュール ラッカ(Lakka)でした。「コケモモの香りがする」と、田崎さんはかなり近いコメントをされていました。
その時、日本にはリキュールがそれほど普及していないと石井さんは思ったそうです。
「食 事の後、ほんの少量のリキュールをいただきたいですね。美味しいお食事の後、再びお菓子を沢山いただくのはつらいので、リキュールがいただけたらなと思い ます。また脂っこいものを食べた時、リキュールをいただくと、おなかが落ち着きます。イタリア料理の後にグラッパを飲むのは消化剤としての効果があるから という理由もあります。そういう食後のお酒、特にリキュールの楽しみをもっと多くの方々に知っていただきたいですね」と、素敵なアドバイスを下さいまし た。
日本では、さまざまなリキュールがあること、食後にリキュールを楽しむことがまだあまり知られていないからでしょうか。食後にはデ ザートのお菓子が一般的になってきていますが、ソムリエの方々は、是非食事の後のリキュールの楽しみを多くの方に伝えてほしいなと、私も思っています。
ワインの薦め
すてきなワインの楽しみ方をされている石井さんに、ワインの飲み方について尋ねました。
「ワインを知るには、いろんなものを飲むこと、飲み比べてみることが大事です。その時は必ずラベルをじっくり見てください。ワインの産地、どういう葡萄から出来ているのかに興味を持ってみてください。
絵でも音楽でも、沢山知ることで、良い作品、自分の好きな作品が分かってきます。
ワインも同様で、沢山飲み、比べることで、人生がどんどん楽しく良くなっていくと思います」と、石井さんらしい人生哲学が伝わってきます。
「タバコを吸いながらワインを飲んでほしくはありませんね。シガーであれば食事の後にしてほしいです。それから、ワインテースティングの時には香水は控えてほしいです」
照明デザイナーとしての石井さんに、ワインと照明の関係をお聞きしました。
「なるべく電気照明、特に蛍光灯は消してほしいです。キャンドルライトの下で白ワインをいただくのが一日の最高の締めと思います。
フィンランドはキャンドルの消費量が世界一なんです。日本はまだまだキャンドルの使い方が少ないですね。
フィンランドやヨーロッパでは、11月になるとどんどん日が短くなり、職場では卓上にキャンドルをつけるくらい、キャンドルを使う機会が多いのです。
お家ではお花を飾り、おもてなしはキャンドルでする、という風習です。
日本はキャンドルを家の中で使って楽しむという文化が少ないと思いますが、ご自分の目の届くところや食卓に、是非キャンドルを灯してほしいと思います。
男性はハンサムに、女性は美人に見えますよ。(笑)
蛍光灯の下では赤ワインの色が台無しになります。香りがついたキャンドルが多いですが、それはだめです」
ワインとキャンドルという取り合わせを考えているうちに、ソムリエ協会認定キャンドル!?なんて商品も出てくるとおしゃれだな、と思いました。
米国にはレストラン専門のライティングコンサルタントがいます。しかし日本ではまだそこまでいっていません。
石井さんも、レストランに行くと照明が気になることがあるらしいのですが、お仕事がお忙しく、なかなかレストランの照明に関わることができなくて残念とのこと。
現在、フル稼働でお仕事をされている石井さん。4月にはサントリーホールでオペラ『トゥーランドット』の舞台の照明を担当。夏にはイタリアで野外オペラの照明。秋にも冬にもイベントがいっぱいです。倉敷や鹿児島、下関、上田城、善光寺での照明のお仕事があり、ラスベガスでの世界照明学会では3時間のセミナーを持たれるとのこと。リーサさんともラスベガスでは仕事で会うのだとか。その時はシャンパーニュを飲みましょう、と計画をされているようです。
石井さんは、ワインと同じくらいオペラもお好きとのこと。オペラには様々なシーンでワインが登場します。舞台照明の仕事でオペラに関わる機会が多い石井さん。大変なこともあると思いますが、お好きなことに仕事で関わることができて、素敵な生き方と思います。ワイングラスを傾ける楽しみ、光とワインの楽しみ、仕事とワインの楽しみをお聞きして、ワインを通じてさまざまな人生の楽しみ方があるのだなと思いました。
「光と共に、ワインと共に・・・」素敵なメッセージをいただきました。
プロフィール |
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石井 幹子氏 照明デザイナ-。 1938年、東京生まれ。日本のみならずアメリカ、ヨ-ロッパ、中近東、東南アジアの各地で活躍。日本照明賞、東京都文化賞をはじめ、北米照明学会より大賞及び優秀賞を受賞するなど国内外での受賞多数。 |
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