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グラスのつぶやき

第4回 橋本昌 茨城県知事

自治省にて第一線の役職を歴任後、1993年に茨城県知事に選出され就任。日々さまざまな課題に取り組んでおられる橋本昌(はしもとまさる)茨城県知事は、2004年、(社)日本ソムリエ協会のソムリエ・ドヌールに就任されました。とても穏やかな雰囲気の橋本知事に、ワインとの思い出や、ワインの味わい方、茨城県とワインについて、お話を伺いました。

はじめておいしいと思ったワイン

第4回011975年、福井県庁に出向中のこと。お正月に大勢の役所の方々と盛り上がり、かなり飲んで帰宅した時、酔った勢いで、以前プレゼントされ、大切に取ってあったフランスワインを開けてしまったそうです。それまで日本酒やビールなど、何でも飲んでいらした橋本さんですが、「ワインっておいしいもんだなぁ」と記憶に残っているのが、そのとき飲んだワインだそうです。
それが何というワインだったかは覚えていないそうですが、当時5,000円くらいのワインだということで、今から思うとかなり高いものだったのではないでしょうか。

山梨ワインとの思い出

1985年に山梨県に赴任した橋本さん。山梨には醸造試験場があります。当時、山梨のワインは“葡萄酒”と呼ばれ、白ワインを冷やさずに飲んでもまったく抵抗がないような時代であり、風習でした。
それを見た橋本さんは、「白ワインはキリリと冷やして飲まなくてはもったいない。ワインを美味しく楽しむ習慣を広げたい」と思い、ワインを美味しく楽しむことをまわりに勧めていったのだそうです。
山梨には当時、日本で初めてつくられた“貴腐ワイン”や“自重ワイン(じじゅうわいん)”がありました。自重ワインとは何でしょう?それは、農家でつくられる、機械圧搾する前の、ぶどう自身の重み(自重)で流れ出たフリーラン果汁で醸造したワインのことで、ぶどうのエキスいっぱいのそれはとても美味しく、一升瓶に入った自重ワインを、農家からもらっては楽しく飲んでいたそうです。
当時の山梨のワイナリーでは『サドヤ』が有名だったとのこと。サドヤのシャトー・ブリアンは当時、赤坂プリンスの『トリアノン』などのワイン・リストにも載っていたとか。

橋本知事流ワインの飲み方&楽しみ方

第4回04ワインに関連する人々と出会い、ワインを飲む機会がだんだん増えていった橋本さんですが、十数年間はずっと白ワインしか飲まなかったそうです。それがいつの間にか赤ワインを飲むようになり、現在は、食事のコースの時に白ワインを楽しむ以外は、赤ワインばかり飲んでいらっしゃるようです。ご自宅のセラーには、ボルドーの5大シャトーの赤ワインをはじめ、1945年のムートン・ロートシルトなど、なかなか手に入らないめずらしいワインをお持ちだそうです。1945年からラベルのデザインが毎年変わるムートン・ロートシルトですが、1945年のラベルは連合軍の勝利を記念したVサインのデザインです。でも橋本さんのムートン・ロートシルトはそのVサインが入っておらず、Vのデザインが入る前の珍しいものか、偽物なのかわからないそうですが、フランスから直接手に入れたものだそうです。橋本さんは還暦の時にこのワインを飲もうと、楽しみに取っておいているのだそうです。(橋本さんは1945年生まれ。このワインを開けるのはもうすぐですね)

第4回02「興に乗れば、結構飲みます(笑)」という橋本さん。たくさん飲んだときの一つの思い出で、同時にワインの失敗談でもあったお話を伺いました。橋本さんが北海道の『十勝ワイン』の醸造所を訪ねた時のこと。ドイツのシャトーそっくりの『池田ブドウ・ぶどう酒研究所』には、ブランデー化した十勝ワインなど、さまざまな十勝ワインがありました。研究所の方々が橋本さんに「自慢のワインなのでぜひ飲んでみてください」と次々に出して下さるので、3時間くらいずっと飲み続けることになり、帰りの電車の中では頭痛に悩まされたそうです。
そんな橋本さんに、橋本流ワインの飲み方を教えていただきました。
「ワインは飲み始めて十年間は“バカ飲み”をおすすめします。そうすると、きっと少しずつ、美味しいものとそうではないものが、なんとなく分かり始めるでしょう。私もバカ飲みをしてきました。十年もすればだいたい覚えるでしょうが、あまり少ししか飲まないと、ワインの良さが分からないかもしれません。これからワインを始めようとする人には、最初はフランス以外のワインから入ることを勧めます。できるだけ3,000円くらいのワインから始めるといいのではないでしょうか。そのクラスのものであれば、それぞれの国の最高級のものであり、フランス・ワインなら7,000円か8,000円くらいのものに相当する筈です。そして、最後にフランスのワインに挑戦してみてください。最高級のものを飲んでみるのもいいですね。」
美味しいとしっくりくるワインとそうでないワインがあるという橋本さん。しっかり管理もされていて、悪い状態にはなっていないけれど、「もっと飲みたい」というワインにはなかなか出会うことがないそうです。
最近では、高円宮妃殿下と食事をご一緒させていただいた時、橋本さんのご自宅から持っていったシャトー・マルゴー(85年あたりだったのではないか・・・とのこと)を開けたのだそうです。妃殿下は翌朝、「夕べのワインはおいしかったですね」と言ってくださったとのことで、大いに面目をほどこしたそうですが、その後もう一度妃殿下とワインを飲まれる機会がありましたが、その時はこのマルゴーほど美味しくはなかったそうです。

第4回03橋本さんのワインの楽しみ方は、食事とともに楽しむのもワインだけで楽しむのも良しとしますが、大勢の人と飲むのが一番面白いのだそうです。ワインだけでなく、日本酒を楽しむこともありますが、ほとんど多くの人と一緒に飲むとのこと。
茨城県のお食事とワインとのマリアージュについて訊ねました。
「常陸牛の牛刺とワイン。これは赤ワインでも白ワインでも合います。奥久慈軍鶏(おくくじしゃも)と赤ワインもおいしいですよ。奥久慈軍鶏は日本で一番おいしい軍鶏だと思います。それから蛤(はまぐり)。日本の蛤の5割は茨城県で採れます。これをフライパンに入れ、みりんと醤油をたらして熱し、白ワインでいただきます。夏には岩牡蠣。茨城の牡蠣はこってりしていて、レモンをシュッとかけて白ワインといただきます。東京だったら数千円はするでしょうが、茨城なら1,000~2,000円くらいで楽しめますよ。女性だったらが最高に喜んでくれるのではないでしょうか。」

第4回05茨城県のワインについてはどうでしょう?
「牛久ワインを造っている『CHATEAU D. KAMIYA(シャトー・カミヤ)』は、日本で最初のシャトーです。4月の上旬、このシャトーで桜を見ながら楽しむバーベキューは最高です。地ビールもあります。東京からもたくさんお客様が訪れますよ。」
今年の春は、私もぜひ茨城県でワイン片手にお花見をしようと思いました

「ワインも食も文化です」という橋本さん。「フランス人には、どのワインにはどういう食べ物を合わせると良いかをたえず考えながら一生懸命育ててきた“ワインと食”の文化があります。日本にも“日本酒と日本の料理”という文化がありました。しかし最近はそういった“文化”が忘れ去られているように思います。みんなで努力して、残していかなければならないですね。」
私たちもワインやお料理を楽しみながら、“文化”について、もう一度ゆっくり考えてみなくてはいけませんね。
今回のインタヴューの後、食事会にご参加の予定があるという橋本さん。「あまりおなかをいっぱいにしないで、食後もワインを楽しまなくっちゃね(笑)」とやさしく微笑んでいらしたのが印象に残っています。今夜はどんなワインを楽しまれるのでしょうか。

プロフィール
橋本 昌(はしもとまさる)茨城県知事
・1945年11月19日 東海村に生まれる。
・石神小学校、茨城中学校、水戸一高を経て東京大学法学部卒業。
・1969年自治省入省。福井県文書学事課長、地方課長、財政課長、山梨県総務部長などの第一線を経験。
・国土庁防災調整課長、自治省消防庁危険物規制課長、消防課長、自治省公営企業第一課長を歴任。
・1993年9月茨城県知事に当選・就任。
・1997年9月再選、2001年9月三選
・(財)茨城県国際交流協会長、(社)茨城県観光協会長、全国港湾知事協議会会長などを兼務。

 

第3回 芳村真理さん

第3回01ファッションショーや雑誌のモデルとして活躍。その後女優として映画に出演。テレビ番組『夜のヒットスタジオ』、『3時のあなた』、『料理天国』など、センスの光るトークで、司会者としてもひとつの時代を作り上げた芳村真理さん。
仕事で海外に行かれる機会も多く、常に時代の流行を感じ取っていらっしゃる芳村さんに、ワインの思い出、ワインと共に味わったお料理、そしてワインにまつわる大切なひとときについてお話を伺いました。

ワインと出会った思い出。

1960年代、初めてヨーロッパに行ったとき、フランスで水よりも安いワインがあること知って芳村さんは驚かれました。その頃、日本にはワインの情報がまだあまり届かず、ワインについてはよく分からなかった時代でした。
その後、友人とポルトガルへ旅に出たとき、到着のリスボン空港では、乗客一人一人にハーフサイズのワインが配られました。
「ワインをいただけるなんて、すごい国ですね」と驚いた芳村さん。どうしてワインをいただけるのかを尋ねると、
「ポルトガルは世界で一番のワインコルクを輸出する国なのです」との説明があったそうです。
「その頃の日本は、コルクの樹があることを皆に話しても、“コルクがなっている樹があるなんて・・・”と言われ、信じてもらえないような時代でした(笑)」。
東洋からの若い女性の旅人に、訪問先の方々が沢山ワインを持たせてくれたとのこと。
「ワインとの出会いを思い出すと、ポルトガルでいただいたオポルトの名産のポートワイン、空港でいただいたワイン、そしてリスボンの町で歌い継がれるファドのメロディーが浮かんできます」と言う芳村さん。

そしてポートワインの思い出に再会。

テレビ番組『料理天国』で、ゲストに安部譲二さんが出演されたときの思い出です。
安部譲二さんは航空会社のパーサー時代、ファーストクラスのお客様が長旅を退屈せずに満足して頂けるようにと、ワインと食を合わせ、キャビンにある物を工夫して出されました。ワインや食に詳しいお客様も多く、その方々から多くのことを教わった安部さんですが、『料理天国』の番組収録のときに、すばらしい料理の腕前を披露してくれたことを、芳村さんは楽しそうにお話してくださいました。
また、安部さんは帰国子女のお母様から、野山に自然の状態でいるキジや鴨などの鳥類や、鹿や野ウサギやイノシシなどのお肉を使うジビエ料理なども教わったとのことで、スタジオであっという間に大きなローストビーフを調理されたとのこと。感心している芳村さんに、安部さんは
「飛行機と違って、揺れたり動いたりしていないから、よく切れますよ(笑)」とお話され、銀のお盆の上の肉料理を、さっと美しい手さばきでカットされたのだそうです。
そしてもう一品、安部さんが芳村さんに作ったお料理がありました。イギリスのブルーチーズで有名なスティルトンを、安部さんは見事な手つきで切り分け、真ん中のすこし凹んだ所にポートワインを注ぎます。ポートワインが少ししみ込んだ頃合いに、芳村さんはおつまみとしていただいたのでした。こってり重いポートワインとスティルトンの絶妙な組み合わせ。これもパーサー時代に飛行機の中で教わったのだ、というお話を安部さんから聞いた瞬間、芳村さんの中で、ポルトガルで初めて出会ったポートワインの記憶と思い出が蘇ってきたそうです。
今は、芳村さんはご自宅にいつも上質なポートワインを置いておき、ワインが好きなお友達が集まったときに、スティルトンと共に楽しんでいらっしゃるとのことでした。

ワインの名前についての思い出。

芳村さんがフランスを訪れ、現地に長く住んでいるお友達と一緒に食事に出かけたときのお話です。
「ワインのこと、あまりわからないから、おまかせするわ」と芳村さんが言われたところ、お友達はソムリエを呼び、ワインを選んでくれるように頼みました。そのときのワインがとても美味しく、何という銘柄のワインかを尋ねると、ディスクールとのこと。そこで、フランスの大統領の名前を思いつき、忘れないようにしました。
「ワインって名前を覚えなくてはいけないのですね!」
と、そのときに初めて思った芳村さんは、帰国してからすぐにそのワインを探して、ご自宅に何本か保存をされたそうです。

苦手だったジビエと共にいただいたワインの思い出。

第3回02芳村さんが『料理天国』で、ミシュランの星のついたレストランを取材していた頃の話です。取材の収録は、ホテル日航パリの『レ・セレブリテ』というお店でした。季節は秋、飼育されたものにはない、野生味溢れる味わいが特徴のジビエが美味しい時節です。ジビエはあまりお好きではないという芳村さんの目の前に、濃い赤黒い色をしたお皿が運ばれて来ました。それは“雷鳥”のお料理で、ソースは濃厚で赤黒く、またミートボールもレバーで調理され、赤黒い色をしていました。
見た途端に、
「ますますダメだわ!撮影の時だけ口を動かしているから・・・」
と、芳村さんはスタッフに言いました。そのときのワインは、お料理に合わせてでしょうけれど、お料理に負けないくらいに非常に濃厚な色調のワインでした。
ワインがつがれたとき、「うわぁーっ!と思いました」と、芳村さん。
ワインについて尋ねると、スペインのワインとのこと。この強いジビエに対して負けない相乗効果を持つワインで、「このワインは“食っちゃ飲み、飲んじゃ食べ”というワインなのですよ」との説明に、芳村さんは試しに一口飲んでみることにしました。
「おいしい!」
重くて濃くて美味しいワインの味につられて、おもわずレバーの固まりに手を出してしまい、そして、そのワインの一口に脱帽した芳村さんは、このワインを飲みながら、ジビエもいただいてみたくなったそうです。
それは「天下一品の美味しさでした」とのこと。
「ワインを飲んでお料理をいただきたくなったというきっかけも不思議でしたが、食べたときにお皿から森の香りがしたことも、とても感動的でした。ワインを飲んだら、“早くっ早くっ!”と言われているみたいに、お皿に手が行きましたね。森をさまよっているようないい気持ちがしたんですよ」
と語る芳村さん。
私もそんな森をさまよいたいなと、目を閉じて緑の深い森を想像してみました。

お料理とワイン

第3回0340年以上パリに住んでいるお友達の増井和子さんは、芳村さんにさまざまな情報を提供してくださいます。増井さんの著書『パリの味 シェフたちは芸術家』にはジビエがよく登場します。フランスを訪れ、翌日には日本へ帰国する芳村さんに、
「真理さん、残念。明日からジビエよ!王家のウサギのシーズンよ!!ヤニック・アルノーのウサギをあなたに食べさせてあげたいわ」
と増井さんはおっしゃいました。
増井さんの言われる“王家のウサギ”とは、フランスで獲れる大きい野ウサギのことです。秋は一番の目玉のアルノーのウサギのお料理に、どんなワインを合わせるのかしら?季節の旬にシェフはどういったワインを合わせるのかしら?と、芳村さんはとても興味を持ちました。
芳村さんが『ロブション』に取材に行ったとき、子鹿のフィレがメニューに出たそうです。子鹿のフィレというのは、少ししか獲れない貴重なものです。お皿には、小ぶりのフィレに真黒なごま塩のような物がかかっていました。何かしらと思ったら、フレッシュ黒トリュフです。芳村さんはそれを召し上がった後、しばらくの間は牛肉がいただけなくなるくらい、最高に美味しいフィレだったそうです。
「どんなワインが出たのか、銘柄は覚えていませんが、フルコースではなくても、少しの量の美味しいお料理とワインを一緒にいただくと、とても幸せな気持ちになります」と芳村さん。
「パリの『ステラマリス』でいただいた、クスクスのお料理と、アルボワの白ワインも、すばらしい組み合わせでした。最初はお腹がいっぱいで肉料理は食べられないなと思っていたのですが、勧められた手作りクスクスとワインがとっても美味しかったので、ついつい、いただいてしまいました」
というお話を芳村さんから伺い、香辛料が利いた野菜やお肉の煮汁がかかった細かい粟粒状パスタのクスクスと、きりりとしたアルボワの白ワインを想像しました。
また、芳村さんがハンガリーを訪れたときには、フォアグラとトカイの甘いワインの美味しい組合せがあったとのこと。ハンガリーのフォアグラは世界生産の7割を占めるのだそうです。お食事に合わせた甘口ワインは、芳村さんの優雅なイメージにぴったりではないでしょうか。

大切なひと時

第3回04「レストランではワインとお料理だけでなく、“サービス”も大切」
という芳村さん。
「パリのレストランでは、ボーイさんと目が合うと、彼らはすぐにこちらに飛んで来て、“なにか必要なことはございますか?”と聞いてくれます。お店の鏡に映る彼らの動きは、とても機敏で、きれいです。食事が終わりデザートに移る際には、手際よくお皿をさげてパン屑をきれいにし、次のステージを手早くセッティングしてくれます。
日本のレストランは西洋料理に慣れていないこともあるのでしょうか、次のステージに移る手順があまりスマートではないレストランもあります。おもてなしのサービスは、大切なひと時に欠かせないエッセンスです」
とのこと。
「もうひとつ大切なのは“情報”です」
という芳村さん。
あるとき、芳村さんはレストランで、もう少し何かいただきたいなと考えていました。お店の方は、アンチョビ・ミルフィーユを芳村さんに勧めました。そのアンチョビは、塩がきつすぎず、キュウリのジュレとトマトがミルフィーユに爽やかな香りをうつして、いただいたときに、「これは芸術だわ」と芳村さんはとても感激したそうです。シェフは日本で食べたお寿司の新子の絶妙な塩加減をこのメニューに活かしたとのことでした。
アンチョビ・ミルフィーユを、もう一度いただきたいと思ったのですが、残念なことにこのメニューはその週でおしまいとのことでした。このようなメニューを教えくれた、お店の方の情報といいましょうか、そのことが嬉しく思いました」。
限られた時間で旅をするとき、“あの場所だったらこれ”、“今のシーズンだったらこれ”、というおすすめ情報はとてもうれしいものです。
「限られた時間内の旅行ですから、失敗したくないですもの」と、芳村さんのお言葉です。
「ヨーロッパのおしゃれな若者は、まずどこで食べる、なにを飲む、どこに泊まる、といった情報を大切にしています。銘柄がどうこうというのではなく、一番のスポット、旬の物に敏感です。私たちも、日本を訪れる旅行者の人たちのために、“今だったらどこで、どんな食べ物を、どういう風に食べたらよろしいですよ”というふうに教えてあげられるといいですね」
との芳村さんのお言葉に、私も感慨深くうなずきました。
ワインとお寿司や和食を合わせることもある芳村さん。
「ワインとお寿司をいただいていると、場が変わるって言うのかしら、平目のお料理を食べていても、遠くからボサノバの曲が聞こえてくるような気がして、不思議ですね」。
パリで東洋人として初めてミシュランの星を獲得した『Tang』に、芳村さんがたまたま訪れた時のこと。お店の中は中華やベトナムの雰囲気を感じさせていましたが、マネージャーが勧めてくれる料理はすべて“技あり!”というものばかりで、もう一度ゆっくり行きたいお店だと思ったそうです。
「今までにないような、且つ、心を打つようなお料理には、新しいワイン、特別なワイン、どんなワインを合わせようかしら?お料理を知っている人なら、どんなワインを選ぶのか面白そう」と思ったそうです。
「食にもファッションにも流行があり、時代があり、新しい時代の料理には、お皿から21世紀が見えてくるような気がします」という芳村さん。
「シェフが“21世紀、どうですかー!”とお料理を出したら、“よーっし!”という気持ちで、21世紀の雰囲気を感じつつ21世紀を食べてみたいですね。そんな機会が、毎日じゃなくても、ひと冬に一度や二度あってもいいのではないでしょうか。これというお勧めのお料理とワイン、絶妙な組み合わせが一品あったら満足ですね」。
21世紀の話題、21世紀のファッション、21世紀のメイクにヘアスタイルで、21世紀のワインとともに21世紀を味わいいただく、そんな大切なひとときが、一年に一度でもあったら本当に素敵ですね。

第3回051989年、フランス革命200周年のときにパリをご夫婦で訪問された芳村さんは、パリの暑さにとても驚きましたが、
「これぐらい暑いとワインが美味しくなりますよ!」
と言うまわりの人たちの言葉に、とても関心を持たれたそうです。

そのとき、フランスのお友達が、すばらしいワインができる年だからと、芳村さんとご主人のお二人の名前をラベルにしたワインを造って送ってくれました。そのワインはボルドーのワインで、お友達やご家族とともに、大切に楽しんでいるそうです。
「ワインについてよくわからないときは、質問をしてもいいと思いますよ。聞いた方が覚えますし、うれしい情報に出会えますもの」。
芳村さんの大切なひとときは、ワインとお料理と、おもてなしの心と、人々の結びつきから生まれる貴重な情報、そして友人や家族とともに生まれていらっしゃるのですね。
歯切れの良いトークと華やかな雰囲気の中で、あたたかい心の持ち主である芳村さんにお話を伺い、私の心の中に、満ち足りた思いがじんわりと広がっていきました。

プロフィール
芳村真理 (よしむら まり)
メディアパーソナリティー。東京生まれ。都立西高校卒業。
日本を代表するファッションショーや雑誌のモデルとして活躍する一方、女優として数多くの映画にも出演。海外の映画祭でもその存在は注目された。テレビ番組「夜のヒットスタジオ」、「3時のあなた」、「料理天国」などの司会はセンスのよさで評判となった。総理府提供のラジオ番組「クローズアップ日本」は1,000回を超える長寿番組。現在、いくつかの政府機関の審議委員を務めるが、特に中央森林審議会委員として森林の育成活動に力を注いでいる。現在、〈森林との共生〉がメッセージの「MORI MORI」ネットワーク副代表としても活躍。

 

第2回 宇佐美恵子さん

ファッション界でトップモデルとして活躍後、その経験を生かし、ファッションコーディネーターに転身。テレビ、司会、雑誌、エッセイの執筆など多方面でご活躍中の宇佐美恵子さん。彼女の凛としたたたずまいは、女性の憧れでもあります。
宇佐美さんの趣味は“ワイン”とのこと。そのワインとの出逢いや、お好きなシャンパーニュ、そして美容についてお話を伺いました。

第2回01

フランス映画が盛んだった青春時代、そのフランス映画に登場するワインやシャンパーニュに興味を抱き、ファッションのメッカ、フランスへの憧れと同時に、フランス文化の魅力にも惹かれるようになったそうです。
まだ日本に限られたワインしか輸入されず、いいワインが少なかった頃、学生同士でスキーに行くとき、みんながビールや日本酒を持参する中で、宇佐美さんはワインを持って行きました。「国産の一升瓶に入ったワインで、フランスワインほど美味しく感じませんでしたが、私自身がちょっと背伸びをしたかったのかもしれません」。
その後パリで、本場のフランスワインを飲んだとき、学生時代のあの一升瓶とは違うその味わいに、「本当に美味しい!」と大感激し、それからワインの世界にはまっていくようになったそうです。
モデルの仕事をするようになると、CHANELやFENDIのショーでは、楽屋にはいつもシャンパーニュが用意してあり、「デザイナーやモデル仲間みんなが愉快になってショーを盛り上げる・・・。なんてステキなのかしら!」と思ったそうです。

第2回02

2004年に“ソムリエ・ドヌール”に就任した宇佐美さんは、服部幸應さん、山本益博さん、麹谷宏さんと、シャンパーニュ愛好家の集まり『こうもりの会』を結成し、年に一度シャンパーニュパーティーを主催しています。オペラ好きの山本さんが、ヨハン・シュトラウス二世のオペレッタ『こうもり』の、「こんなことになったのも、あんなことになったのも、全てはあの魅惑的なシャンパンの泡のせい」という場面から、『こうもりの会』と名づけました。
『こうもりの会』の発足のきっかけは、山本益博さんの「色々なシャンパーニュを飲み比べてこそ、初めて何が美味しいか言えるのでは?」という一言から始まりました。
レストランでシャンパーニュを頂こうとすると、2人で1種類のシャンパーニュを頂くのがせいぜいですが、7~8人だと3種類ぐらいのシャンパーニュを頂くことができます。発足当時、ワインのテイスティング会はありましたが、シャンパーニュだけのテイスティングの会はありませんでした。1~2ヶ月に一度、レストランにシャンパーニュを持ち込ませていただき、数種類のシャンパーニュを友人たちで分かち合い、イニシャルAの“アヤラ“からVの“ヴーヴ・クリコ”まで、アルファベット順に2年半ぐらいかけてシャンパーニュを頂いていきました。
毎回色々な方が参加するので、その会に参加された方はどんどん増えていき、一同一緒にシャンパーニュを頂く喜びを分かち合いたいと発足した『こうもりの会』は、最初は60~70人の会でしたが、だんだん大きな会となり、最近では200名を超える人たちが集まる会となりました。

第2回03

また「2人でシャンパーニュを1本いただいてしまうと、その後の白や赤ワインが美味しく味わえなくなってしまうから」と、『グラスシャンパーニュを一杯飲みたい』運動も続けてこられた宇佐美さん。以前はレストランでフルボトルでしか頼めなかったシャンパーニュも、今では随分とグラスで楽しめるお店が増えました。
そんな宇佐美さんは「お食事を1本のシャンパーニュで通すのもステキよ」と、レストランでのオーダーの仕方を提案されます。「日本はレストランでワインをいただくと結構よいお値段でしょう!だからシャンパーニュを頼むの。シャンパーニュは特別高級なものでない限り、ノン・ヴィンテージのものは手ごろなお値段ですから・・・。食事に招待された時も、シャンパーニュは席を華やかにしてくれるし、相手の負担をあまり気にすることなく選べますし」。なるほど・・・。 
最近の宇佐美さんのお気に入りのシャンパーニュは、ドン・リュイナール社の“ブラン・ド・ブラン”(シャルドネ種だけでつくられたもの)。初めて出会ったときの衝撃は大変印象的で、高級な“クリュッグ”や“クリスタル”などは美味しいのはあたり前として、リーズナブルな値段でも明らかに他のシャンパーニュとは違う、その深い味わいに魅了されたのだそうです。

第2回04

宇佐美さんの美しさの秘訣について訊ねてみました。
「ワインが大好きだから、飲むことで内側から、そして外側はお化粧品で葡萄の恵みにあやかろうと思って」と言う宇佐美さんがお使いの化粧品は、葡萄の持つ成分であるポリフェノールに着目して作られた『CAUDALIE(コーダリー)』といい、ボルドーの由緒あるワイナリーが所有する葡萄畑から生まれたスキンケア製品です。葡萄の種や梗の中に含まれるポリフェノールは、ビタミンCやEをしのぐほど高い天然の抗酸化成分としても知られ、肌の老化を抑制し、健康的な状態に保つ働きがあります。ボルドーやパリのホテルにもこの葡萄の成分から作られた化粧品を使ったスパがあり、大変な人気を博しているそうです。
さらに宇佐美さんは、女性の悩みの種であるお肌のシミにも、「太陽は葡萄の果実が育つには必要だけど、紫外線というのは葡萄にも良くないのよね。葡萄の皮に一番多いポリフェノールは、その紫外線から葡萄を守るためにあるので、それをワインとして飲んでいるから、シミが出来にくいのよ。ほら、アウトドアが好きな割には、シミが少ないでしょう?」と腕を見せてくださいました。
ワインを飲む人は、自然と綺麗になるそうです。「恋をするとキレイになるというでしょう?美しいものを見たり、美味しいお料理やワインをいただいたりすると、快楽ホルモンが分泌されるのだけど、これは恋をしている時に分泌されるホルモンと同じなの。また、ワインをいただくとき、普段以上に嗅覚や味覚を使うでしょう?この感覚を研ぎ澄ますことは、体にとてもよいことなの」。
「ワインがお好きな方は、ワインを飲むとき、薄めたくないのでお水をあまり飲みたくない、とよくおっしゃいますね。でも私は、お水を飲みながらワインをいただくようにしています。翌朝スッキリとした顔で目覚めるよう、就寝前にもお水を飲みます」と、宇佐美さん。お水を飲みながらワインを飲むと、翌朝のお肌の調子が全然違うのだそうです。

第2回05

年を重ねるのはワインも人生も同じす。どのように時の流れと向き合うかで、10年、20年、30年後のワインの味わいや人間性は変わってきます。
宇佐美さんの『颯爽とした美しさ』は、内面からも外面からもあふれ出ていました。それは彼女が、仕事にもプライベートにもいつもまっすぐに向き合い、ワインとも宇佐美流で付き合ってこられたから・・・。
『いつまでも、若く、美しく』(深い憧れを感じつつ…)このようなスタイリッシュな人生を私たちも過ごしたいですね。

プロフィール

宇佐美 恵子(うさみ けいこ)

【 経 歴 】
1974年
大学在学中にモデルにスカウトされ、資生堂の春のポスターでデビュー。
以後、トップモデルとして、シャネル、フェンディー、イッセイ ミヤケなどショーに出演。
1976年
自動車メーカー・マツダの専属CMモデルになり、その日本人離れしたキャラクターが話題となる。
1977年
『季節風』 (斎藤耕一 監督)で映画デビュー。
1987年
ファッションコーディネーターとして活躍する。自ら、ヨーロッパ各地で買い付けた洋服、
アクセサリーを「USAMI COLLECTION」として紹介。
1993年
重度障害者の施設作りのため、成田市でリサイクル商品を使ったファッションショーを企画、運営。
1996年
服部幸應氏、山本益博氏、麹谷宏氏らと『こうもりの会』を結成。シャンパーニュパーティー(一回目)を主催。
1998年
日本の高齢化が進む中、“いつまでも、若く。美しく。”をテーマに講演活動を開始。
1999年
8月、文春ネスコより『トップモデル物語』~マイナス10歳の「キレイ」を作るレシピ~を出版。
12月、三笠書房より『トップモデルが明かす“いい女”になる33のヒント』を出版。
2000年
上記著書『“いい女”になる33の~』が好評、増版8刷中。
10月よりNHK文化センターでセミナー開講中。
2001年
三笠書房より“いい女”シリーズ2作目、
『トップモデルが語る“いい女”になる毎日のヒント~“いい女”のおしゃれの26の秘密』を出版。
その他、講演・セミナー多数。
2002年8月
『美しく自分を磨く!大人の女66のルール』を出版。
2003年6月
『トップモデルが明かす、体が生まれ変わるキレイ生活』-1日24時間自分を磨く本-を出版。
2004年2月
“ソムリエ・ドヌール”に就任

【 著 書 】
1999年8月
文春ネスコ 『“トップモデル物語” ~マイナス10歳の「キレイ」をつくるレシピ 』
1999年12月
三笠書房 『トップモデルが明かす「いい女」になる33のヒント 』
2001年4月
三笠書房 『「キレイ」になる毎日のヒント いい女のおしゃれ、26の秘密』
2002年8月
大和書房 『美しく自分を磨く!大人の女66のルール』
2003年6月
三笠書房 『トップモデルが明かす。体が生まれ変わるキレイ生活-1日24時間自分を磨く本 』
2005年1月
青春出版出版予定 『トップモデルが教える「女が惚れる女」のルール』

 

第1回 辰巳琢郎さん

第1回01

「グラスのつぶやき」初回は、ソムリエ協会名誉ソムリエでもあり、TVドラマや舞台・映画などでご活躍の俳優、辰巳琢郎さんです。
「食いしん坊!万才」歴代レポーターや「嬉食満面晩餐会」の企画、海外旅行の企画など、多彩な活動を通し「食」と「ワイン」に関わりの深い辰巳さんに、興味深いお話をうかがいました。

ワインは、ビールや日本酒をなんとなく飲むように、自然に飲んでいたという辰巳さん。
はじめてワインを飲んだのは、いつかなぁ。
「もう時効ですが、小学生の頃でした。甘い“赤玉ポートワイン”が美味しかったですね」。
(注)“赤玉ポートワイン”はかつての国産ワインの銘柄名。“ポート”という名前は、現在はポルトガルでつくられたものにしか認められていません。
その後、ドイツワインが流行した頃は、口当たりのいいトロッケン(辛口タイプ)などをよく飲んでいたそうです。

91年、『食いしん坊!万才』のレギュラーになり、辰巳さんは日本全国を食べ歩きました。
番組の提供はキッコーマン。その系列のマンズワインの小諸工場を訪れ、初めて日本のワイナリーを知ったとのこと。
“ワインを食卓に”と、収録で日本の家庭料理や郷土料理が並ぶ席に、ビールや日本酒ではなく、ワインが置かれることが多かったといいます。
『日本ワインを愛する会』の副会長でもある辰巳さん。
『食いしん坊!万才』の収録を通じて、
「日本のお料理には、日本のワインを合わせたい」
と思うようになったそうです。

第1回02

実は私、金沢市出身です。
辰巳さんはご両親が石川県出身で、金沢にもゆかりがあり、“金沢冬まつり大使”を四年間務めるほか、映画『手紙』で金沢の大樋焼(おおひやき)の陶芸家役、NHK大河ドラマ『利家とまつ』では前田長種役などを演じています。
「金沢はやっぱり、鰤(ぶり)ですね。鰤の塩焼きと、白ワインを合わせたいな。赤ワインだと鰤の脂身をはじいてしまうでしょう。だから僕は白ワイン。そうですね、この間、新潟の岩の原葡萄園に行ったんですけど、そこのワイン『深雪花(みゆきばな)』の白なんかどうでしょう。白は確か、品種はシャルドネとリースリングだったかな」。
私自身は、『深雪花』の白ワインをまだ飲んだことがありません。赤ワインは飲んだことがあります。日本のワインでは、とても好きなワインのひとつです。
「『深雪花』には日本独自の品種、マスカット・ベリーAで造られている赤ワインもありますね?」
と私が訊ねると、
「『深雪花』の赤には、治部煮が美味しいと思いますね」
と辰巳さん。
『治部(じぶ)煮』は、鴨肉などに小麦粉をまぶして、お醤油ベースで、じぶじぶと煮る、金沢を代表する郷土料理です。やはり食通!思わずおなかがぐぅ~っと鳴りそうな答えが返ってきました(笑)。

岩の原葡萄園の2004年度収穫のマスカット・ベリーAを使った『新葡萄酒』が11月2日にリリースされました。辰巳さんが昨年9月に、所属する六本木男声合唱団のヨーロッパ公演でオーストリアに行った際、“シュトルム”と呼ばれる醸造中のワインに出会ったことが、この『新葡萄酒』を提案するきっかけです。
プチプチした発泡が残る、新酒(ヌーヴォー)の前のワイン、つまり日本酒でいう“中汲み”みたいなワインは、とても美味しく、この時期だけ街のカフェやホイリゲ(ウィーン周辺でよく見られる居酒屋のこと)で気軽に飲めるのだそうです。
「ワインは農産物だから、季節を感じて飲む、こんなワインがあったらいいな」
と思ったのですが、この“中汲み”ワイン、瓶に穴を開けて、醗酵による炭酸を抜きながら移送しなくてはならないので、日本には持って帰れません。
ワインブームと言っても、まだまだ足踏みをしている日本に色々なワインを紹介したいと、常に思っている辰巳さん。同じものは難しくても、ヒントを得て近いものを造れないか、という思いから、日本のワイナリー、岩の原葡萄園と共に、タンク1本分(ハーフボトルで約20000本)のみの試みで、この“旬のワイン”を造りました。
「食材は一年中あるものではないのだから、ワインもこの季節にしか飲めないものがあっていいと思うんです。『新葡萄酒』は甘みもあり、軽い発泡もあるから、冬の鍋、例えばてっちりとかしゃぶしゃぶのような“ちり”系ではなく、特に“すき”系のお鍋に合うんじゃないかな」。
辰巳さん自らもブドウを収穫し、粒よりをしている『新葡萄酒』。お鍋料理に合わせてみようと思います。

毎年、海外ツアーを企画される辰巳さんが、これまで訪れたワイナリーで一番面白かったのは、古代ローマ時代のポンペイの遺跡の中にあるブドウ畑です。フランスのブドウ畑も訪れたこともあるそうですが、イタリアワインの歴史の古さに深く感心し、ポンペイ時代に造っていたブドウ品種でワインを造っている“マストロベラルディー社”のワイナリーのブドウ畑を実際に見に行かれました。
一般公開していない畑だったので、塀に登って写真を撮ったり、ブドウの・・・(あわわわぁっ、オフレコでしょうか・・・)してきたそうです。
(詳しくは著書『イタリア嬉食満面』をどうぞ)
フランスのワイナリーももちろんですが、イタリアのワイナリーは、ワインの数は覚えきれないほど多く、各州、地域ごとに使用するブドウ品種もそれぞれ違うので、とても興味深いのだそうです。

「色々なワインを飲んできて、だんだんワインの味が分かると、日本のワインに行き着く」
という辰巳さん。世界的主要品種であるカベルネ・ソーヴィ ニヨンやシャルドネは、味がしっかりしていて分かりやすい。それに比べて日本の甲州種は、とても繊細で味が分かりにくい。そのため、シャバシャバしている とか水っぽいといわれてしまうけれど、その味の中に、繊細な日本人の舌でしか味わえない旨みがあるのですね。
確かにワインのコンクールでは、日本のワインは評価が低いかもしれません。沢山のワインを飲み比べるようなコンクールでは、アタックの強いものが高得点になりがちです。
「ワ インは、食事に合わせて、どういうバランスがいいか考えながらいただくものだと思います。最初のうちは刺激を求めてワインを飲んでいても、味は一つの方向 性だけじゃないことが分かってきます。京料理の繊細な出汁の味が分かるように、日本のワインは『繊細さ』で勝負をしてほしいと思います。そういう意味でも 日本のワインを応援していきたいですね」。
食事と共に、色々なワインを飲んで、比べて、どんなワインが自分に合うかを探してほしい、という辰巳さんに、ワインへの、また日本のワインへの愛情を感じました。

第1回03

辰巳さんに少しだけ、ワインを飲むときの姿勢について聞いてみました。
「僕ができないと思うのは、おすし屋さんで最初からグラン・ヴァン(ボルドーの1級格付シャトーのワインなど、最上級クラスのワインのこと)を飲むこと。
お寿司にもワインにも悪いし、タバコをスパスパ吸っていることと同じくらい失礼な気がします。
あと、レストランで音をたててテイスティングすること。
シャンパンでも水でも、グラスをぐるぐる回す人もいますよね。
基本的には自由に楽しめばいいと思いますが・・・」。
辰巳さんのワインに対する姿勢に、私もすごく共感しました。

 辰巳さんにとって、ワインは「大勢で、食事と共に楽しむ」ものでした。
一人でワインを飲むことはなく、独りで飲むのだったら、もっと強いお酒を召し上がるのだそうです。
人が集まり、美味しいものがあり、ワインがあると、にぎやかになり、雰囲気が和らぎ、みんなが話しやすくなります。
「6人いれば6本くらい、8人いれば10本くらい、色々なワインを飲みます。時にはグラスをいくつも並べて、どれが食事と合うだろうかといいながら、楽しみますね」。
辰巳さんを囲んで、美味しい食事が並び、人々がワイングラスを片手に楽しい笑顔で素敵なひとときを過ごしている様子が浮かんできます。

辰巳さんは、ご自身で晩餐会を開いたり、食事会を仕切ったりすることが多いようですが、まずはじめに“メンバー”がいて、次に“食事”があり、“ワイン”は3番目なのだそうです。だから、今日は、どんな人たちと、どんな食事をしながら、こんなワインを合わせようかなぁ、と考えるのが好きなのですって。私もそんなメンバーの中に入りたいなぁ、なんて心の中でちゃっかり思いながら、辰巳さんがどうやってワインを選ぶのかを訊ねてみました。
「一緒に食事をする人がワインの初心者なら、やっぱりシャンパーニュを選ぶでしょうね。シャンパーニュは食事を通しても楽しめますから。
ワインを勉強中なら、勉強しているレベルもにもよりますが、まずその人の好みと、いつも飲むワインを聞いて、そうじゃないものを選びます。その方が新しいワインとの出会いがあって、面白いでしょう?
ワイン好き同士なら、ブラインドテイスティングも面白いですね」。
では、私にはどんなワインを選んでいただけるのでしょう・・・そんな機会が巡ってくることを夢見つつ。
辰巳さんは以前、飛行機の旅で、客室乗務員の方に機内の5~6種類のワインを出され、味をみてくださいと試されたことがあるそうです。事前にワインリストが渡されているので、アイテム候補は分かっているのでしょうけれど、すべての種類のワインが別々のグラスに用意されて運ばれてきた光景を想像すると驚きです。私もよく友達とブラインドテイスティングをしますが、辰巳さんのように空の上でブラインドテイスティングするような経験は、きっとできないでしょう。

「ブラインドテイスティングは、ワインをしっかりと味わおうとしますし、答えを外しても新たな発見があるので、面白いですね。
ワインは出会いです。色々なところに行って、色々な人に出会い、色々な料理があり、色々なワインがある。これからも、どんどんそういった出会いの幅を広げていければと思っています。
ワインを飲むときは、1種類で済ますことはほとんどありません。5~10種類は飲んでいるかな。食事と同じように、流れを作って飲むのが好きなんです。気分を変えて、料理とのマリアージュを楽しめますよ」。

そんな辰巳さんに、無理を言って、どうしても一本だったら、どんなワインを選ぶのか訊いてみました。バリック(オークの新樽)のきいていない白ワインや、熟成したバローロもお好きだそうですが、おすすめは辛口のロゼワインでした。ボルドーやイタリアのプーリア州のものがお勧めとか。どんなシチュエーションでも、幅広く合わせやすいのだそうです。天ぷら、串カツにもよく合うとのこと。ロゼワインの向こうにいらっしゃるお相手はどなたでしょうか。

辰巳さんのワインセラーには、1000本以上ワインがあるそうです。
「どんどん飲むし、また旅に行って買い足しています。お店で買うこともあるし、オークションで入札することもあります。エチケッ(ワインのラベル)トは取っておくこともあるけど、あんまり整理していないですね。生まれた年の58年のワインは手頃なものを沢山持っています」。
そんなに沢山あるワインの中で、大切な人と飲みたい、愛する人と飲みたいワインはどれなのでしょうか、と訊ねました。
「どんなワインを飲みたい、と考えたことがないんです。食いしん坊なので、どうしても食べ物が先になってしまうからでしょうね」。

ワインは気がついたら自然に飲んでいたという辰巳さん。辰巳さんにとって大切な人々が集まり、お料理が並ぶ瞬間、その瞬間に、辰巳さんの運命のワインは登場するのではないかしら・・・。
ワインの幅の広さ、種類の多さ、色々な味わい、さまざまな運命のワイン。さまざまな人生を演じることができる、俳優辰巳琢郎さんらしいなぁと思いました。
「色々なワインを飲んでほしい」というメッセージとやさしい微笑みが、辰巳さんの好きなやわらかく熟成したワインのイメージにつながるのではないかと思いました。

第1回04

最後に、俳句もされている辰巳さんに、お願いして、岩の原葡萄園を詠った俳句を色紙に書いていただきました。
「上越の、石蔵古りて、秋思かな (道草)」
※道草は俳号です。
石蔵とは、明治31年建造の岩の原葡萄園第二号石蔵のことで、機能するワイン蔵としては日本最古のものだそうです。
是非、『新葡萄酒』を飲みながら、この歌を思い浮かべたいと思います。

 次回はファッション&ライフ コーディネーターの宇佐美恵子さんです。お楽しみに。

プロフィール

辰巳琢郎(たつみ たくろう)

1958年 8月 6日戌年生まれ。
1984年 京都大学文学部卒。在学中は関西一の人気劇団『そとばこまち』を主宰し、役者としてだけではなく、企画、演出の分野でも活躍。
卒業と同時にNHK朝の連続テレビ小説『ロマンス』でデビュー。ドラマ以外にも、幅広く活躍。
1991年 『くいしん坊!万才』で全国を食べ歩く。
1999年 <ル・スヴェラン・バイヤージュ・ド・ポマール>ワイン騎士団の騎士号を受賞。
2000年 <メドック・グラーヴ・ソーテルヌ・バルザックボンタン>ワイン騎士団の騎士号を受賞。
2001年 日本ソムリエ協会の「名誉ソムリエ」に就任。焼酎大使(鹿児島県)受賞。
2002年 由布院ワイナリー文化賞受賞。<シュヴァリエ・ドゥ・タートヴァン>ワイン騎士団の騎士号を受賞。<コマンドリー・ドゥ・ボルドー>ワイン騎士団の騎士号を受賞。
2003年 名誉利酒師酒匠受賞。
獅子座・B型

著書:『辰巳琢郎のおとなのドリル』(旬報社)
    『青春のヒント』(学研)
    『タクロウのこれだけ英単語』(扶桑社)
    『イタリア嬉食満面』(文芸社)
    など。
オフィシャルサイト:http://www.tatsumitakuro.com/

 

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